去る8月29日、経済同友会終身幹事品川正治(しながわ・ まさじ)さんが亡くなられました。1924(大正13) 年7月26日生まれですから、 89歳大往生と申しあげてもよいかもしれません。しかし、 ご本人もまだまだお考えになっておられたでしょう。 知った私も大変残念に思いました。
品川正治さんを偲ぶ
『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』(文春ジブリ文庫)を読む
スタジオジブリ編集部『熱風』7月号の「憲法改正特集」を読み、宮崎駿監督の新作「風立ちぬ」を観た直後に本書を手にして、時宜に適した出版だと、改めて思いました。
83歳の「軍艦野郎」半藤さんと、72歳の「遅れてきた軍国少年」宮崎さんは、「風立ちぬ」から漱石の「草枕」そして原発など、自由自在に語り合っています。
「風立ちぬ」からなにを学ぶかといったら、「負け戦のときは負け戦のなかで一生懸命生きるしかない、というようなことでしょうか」と語る宮崎さんの言葉が印象的でした。
この映画に込められた反軍思想は再発見でした。宮崎さんの、航空参謀源田実に対する怒りは相当なものです。東京大空襲をやらせたカーチス・ルメイ司令官に勲章をあげるよう運動した男だからです。映画では会議のシーンは出さず、軍人が関与してくる場面の音声は雑音で処理したというのです。
宮崎映画の愛好者の一部には、「風の谷のナウシカ」以降の宮崎映画は変わったという意見も見受けられますが、「風立ちぬ」に込められた監督の意図は、明確に伝わって来ました。
「腰ぬけの愛国論」も頷ける考えです。「日本は脇役でいいんです。小国主義でいいんです」という半藤さんに宮崎さんは、「ぼくは情けないほうが、勇ましくないほうがいいと思います」と応じます。
山田洋次監督の映画「馬鹿が戦車でやって来る」ではないですが、得意気に戦車に乗っている安倍首相が目指している方向は、昭和10年の国策スローガン「進め日の丸 つづけ国民」(『黙って働き 笑って納税 戦時国策スローガン傑作100選』)の再現であるだけに、「腰ぬけの愛国論」は大切な視点だと思います。
福島第一原発の事故のとき宮崎さんは、「あれを支えていた体制が『旧軍』とちっとも変わっていなかったことに気づいて、吐き気がしました」と語っています。「またぞろ原発再稼働だなどと、ほんとうにくだらないことを言いはじめています。むしろ原発を廃炉にするための技術開発にとり組んだほうがいい」という半藤さんの意見が、国民の多数だと思います。
2013・9・2 会員M
安倍晋三首相の戦没者追悼式式辞に思う
麻生太郎副総理の「改憲はナチスに学べ」発言に関して、 野党議員からの質問主意書が出されました。 それに対する内閣の答弁書は、 本人の事後弁明を回答しただけのものとマスコミは報じていました 。
『天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族、 各界代表多数のご列席を得て、全国戦没者追悼式を、 ここに挙行いたします。
祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられたみ霊、 戦火に遭われ、あるいは戦後、 遠い異郷に亡くなられたみ霊のご前に、政府を代表し、 式辞を申し述べます。
いとしいわが子や妻を思い、残していく父、母に幸多かれ、 ふるさとの山河よ、緑なせと念じつつ、尊い命をささげられた、 あなた方の犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、 繁栄があります。そのことを、片時たりとも忘れません。
み霊を悼んで平安を祈り、感謝をささげるに、言葉は無力なれば、 今は来し方を思い、しばし瞑目し、 静かに頭を垂れたいと思います。
戦後わが国は、自由、民主主義を尊び、 ひたすらに平和の道をまい進してまいりました。
今日よりも明日、世界をより良い場に変えるため、 戦後間もないころから、各国・各地域に、 支援の手を差し伸べて参りました。
内にあっては、経済社会の変化、天変地異がもたらした危機を、 幾たびか、互いに助け合い、乗り越えて、今日に至りました。
私たちは、歴史に対して謙虚に向き合い、 学べき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた、 国の未来を切り開いてまいります。世界の恒久平和に、 能うる限り貢献し、万人が、心豊かに暮せる世を実現するよう、 全力を尽くしてまいります。
終りにいま一度、戦没者のみ霊に平安を、ご遺族の皆様には、 ご健勝をお祈りし、式辞といたします。』
『「日本に生まれた子どもたちが、 この日本に誇りを持てる国に作っていくのが、私の大きな目標だ。 このための教育の再生、 さらには将来の憲法改正にむけて頑張っていく、 これが私の歴史的使命であると思っている。」
安倍首相は、 12日夜山口県長門市で開かれたみずからの後援会の会合で、 こう発言して「憲法改正」に向けての決意を表明したそうです。』
『本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、 全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、 かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、 深い悲しみを新にいたします。
終戦以来既に68年、国民のたゆみない努力により、 今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられました。 苦難に満ちた往時をしのぶとき、 感慨は今なお尽きることがありません。
ここに歴史を顧み、戦争の惨劇が再び繰り返されないことを、 せつに願い、全国民と共に、戦陣に散り戦闘に倒れた人々に対し、 心から哀悼の意を表し、 世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。』
目加田説子『行動する市民が世界を変えた』を読む
7月6日のグリーン九条の会第6回講演会―目加田説子「市民が紡ぐ平和」に参加しました。切れ味鋭い話しぶりに刺激されて、『行動する市民が世界を変えた』(毎日新聞社 2009年10月刊)を読んでみました。期待に違わぬ内容でした。
サブタイトル「クラスター爆弾禁止運動とグローバルNGOパワー」が示しているように、クラスター爆弾禁止条約が締結されるまでの、各国間の駆け引き、NGOの粘り強い活動が詳述されています。この経緯はあたかも、奴隷制度を廃止する憲法第13条修正法案をめぐる駆け引きをスリリングに描いたスピルバーグ監督の映画「リンカーン」を彷彿とさせるものでした。クラスター爆弾禁止条約については、とくに日本政府の対応は惨憺たるものでした。
クラスター爆弾については、世界ではイギリスがフォークランド諸島をまもるために1回使用した以外は、国土防衛に使用されたことがないのです。使用した場合の市民の犠牲を考えたら、当然のことです。ところが2007年5月、田母神航空幕僚長(当時)は、「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防衛手段を持っておくべきだ」と語る始末です。
とくに日本の場合は、在日米軍の存在が大きな足かせになっていることが、本書では浮き彫りにされています。在日米軍が備蓄しているクラスター爆弾について、防衛省、外務省、沖縄県庁で「米軍の演習の実態を把握していたところはどこにもなかった」のです。
「アメリカから押し付けられた憲法だから、変えなくてはならない」というのが、安倍政権の口癖ですが、対米従属に骨の髄までのめり込んできたのが自民党政府であり安倍内閣です。彼等は自らの立ち位置を、どのように考えているのでしょうか。
日本の最終的な政治判断によって、クラスター爆弾禁止条約は全会一致で採択されたのですが、その背景には、非加盟国であるアメリカのクラスター爆弾が在日米軍基地に備蓄されることなどが、条約の解釈上、禁止対象外になったことや、イギリス、フランス、ドイツが賛成に回ったことなどがありました。「一方で対米配慮、他方で欧州の主要国の動向眺めという、主体性の薄い日本外交の姿が浮かび」上がってくるのです。
目加田さんは、「『市民が考えて行動し続けていく』ことに、民主主義の本質がある」と強調しています。伝統的には国家の専権事項であった外交に、NGOが深く関わることによって、市民が参加する参加型外交の姿が見え始めてきたというのが、読了後の実感でした。
2013・8・14 会員M
医療九条の会・北海道 エンレイソウ九条の会主催 小森陽一さんと憲法を考える講演会「憲法と吉里吉里国」へのご案内
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日 時
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8月24日(土) 午後3時から5時30分まで
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会 場
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共済ホールにて
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参加費
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前売1,000円 (当日1,200円)
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主 催
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医療九条の会・北海道 エンレイソウ九条の会
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協 賛
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グリーン九条の会 たかさき法律事務所九条の会 九条の会・北大
北海学園九条の会 |
(医療九条の会・北海道HPより)
麻生副総理の“ナチに学べ”発言や解釈改憲をもくろむ内閣法制局長官すげ替え等 露骨な改憲攻撃が急を告げるなか実にタイムリーな企画となりました。主催者の取り組みに心より敬意を表します。微力ながら当会も協賛団体に加わらせていただいています。
一人でも多くの方々のご参加を願っています。宮崎駿「憲法を変えるなどもってのほか」など
アニメスタジオ・スタジオジプリの発行している小冊子{
鈴木敏夫「9条 世界に伝えよう」
中川李枝子「戦争は怖い」
高畑勲「60年の平和の大きさ」
『スタジオジプリ出版部
この問題に対する意識の高さを反映したためか、 7月号は多くのメディアで紹介され、編集部には「読んでみたい」 というたくさんの問い合わせがありました。
しかし取扱書店では品切れのところが多く、 入手は難しいようです。今回編集部では、 このような状況を鑑みて、インターネットで、 特集の原稿4本を全文緊急配信することに決定しました。
ダウンロードは無料、配信期間は8月20日18時までです。』
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