目加田説子『行動する市民が世界を変えた』を読む


76日のグリーン九条の会第6回講演会目加田説子「市民が紡ぐ平和」に参加しました。切れ味鋭い話しぶりに刺激されて、『行動する市民が世界を変えた』(毎日新聞社 200910月刊)を読んでみました。期待に違わぬ内容でした。
 サブタイトル「クラスター爆弾禁止運動とグローバルNGOパワー」が示しているように、クラスター爆弾禁止条約が締結されるまでの、各国間の駆け引き、NGOの粘り強い活動が詳述されています。この経緯はあたかも、奴隷制度を廃止する憲法第13条修正法案をめぐる駆け引きをスリリングに描いたスピルバーグ監督の映画「リンカーン」を彷彿とさせるものでした。
 クラスター爆弾禁止条約については、とくに日本政府の対応は惨憺たるものでした。
 クラスター爆弾については、世界ではイギリスがフォークランド諸島をまもるために1回使用した以外は、国土防衛に使用されたことがないのです。使用した場合の市民の犠牲を考えたら、当然のことです。ところが20075月、田母神航空幕僚長(当時)は、「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防衛手段を持っておくべきだ」と語る始末です。
 とくに日本の場合は、在日米軍の存在が大きな足かせになっていることが、本書では浮き彫りにされています。在日米軍が備蓄しているクラスター爆弾について、防衛省、外務省、沖縄県庁で「米軍の演習の実態を把握していたところはどこにもなかった」のです。
 「アメリカから押し付けられた憲法だから、変えなくてはならない」というのが、安倍政権の口癖ですが、対米従属に骨の髄までのめり込んできたのが自民党政府であり安倍内閣です。彼等は自らの立ち位置を、どのように考えているのでしょうか。
 日本の最終的な政治判断によって、クラスター爆弾禁止条約は全会一致で採択されたのですが、その背景には、非加盟国であるアメリカのクラスター爆弾が在日米軍基地に備蓄されることなどが、条約の解釈上、禁止対象外になったことや、イギリス、フランス、ドイツが賛成に回ったことなどがありました。「一方で対米配慮、他方で欧州の主要国の動向眺めという、主体性の薄い日本外交の姿が浮かび」上がってくるのです。
 目加田さんは、「『市民が考えて行動し続けていく』ことに、民主主義の本質がある」と強調しています。伝統的には国家の専権事項であった外交に、NGOが深く関わることによって、市民が参加する参加型外交の姿が見え始めてきたというのが、読了後の実感でした。

2013・8・14 会員M