長谷川櫂 『震災歌集』が問いかけるもの

 本書は3月11日から始まった「混乱と不安の十二日間の記録」です。4月25日初版、5月10日再版が発行されています。著名な俳人である著者が、なぜ俳句ではなく短歌でこの震災を記録したのかは、「理由はまだよくわからない。『やむにやまれぬ思い』というしかない」と記されています。

「やむにやまれぬ思い」とは、「今回の未曾有の天災と原発事故という人災は日本という国のあり方の変革を迫るだろう」、「問題は政治と経済全体にある」こと、「日本人一人一人の意識と生活を問い直す」ことをしなければ、多くの人々の「無残な死を無駄にすることになる」という思いです。



2011年3月11日

津波とは波かとばかり思ひしがさにあらず横ざまにたけりくるふ瀑布)



かりそめに死者二万人などといふなかれ親あり子ありはらからあるを



みちのくの春の望月かなしけれ山河にあふるる家郷喪失者の群れ



原発を制御不能の東電の右往左往の醜態あはれ



日本に暗愚の宰相五人つづきその五人目が国を滅ぼす



「日本は変はる」「変へねばならぬ」といふ若者の声轟然と起これ



亡国の首都をさすらふ亡者否!はるかにつづく帰宅難民の列



みちみてる嘆きの声のその中に今生まれたる赤子の声きこゆ



みちのくはけなげなる国いくたびも打ちのめされて立ちあがりし国



チェルノブイリ原発事故から二ヶ月後に、東ドイツ(当時)の作家クリスタ・ヴォルフが小説『チェルノブイリ原発事故』を発表し話題を呼びました。この作品を読んだ高木仁三郎氏(原子力資料情報室長)は、「さらに大きな混乱の深淵へと追い込まれている自分を発見した」と記しています。各文芸誌にも震災関連の創作が登場するようになりましたが、明らかに短詩型がこの震災では先陣を切りました。その先駆けとしての役割を本書は果たしています。そこには、「言葉とは心より萌ゆる木の葉にて人の心を正しく伝ふ」という確信があるからでしょう。

2011年6月13日 会員M