「自立する国家へ!」(ベスト新書)を読んで


元レバノン大使天木直人氏と元自衛隊航空幕僚長田母神俊雄氏が共著「自立する国家へ!」(ベスト新書 KKベストセラーズ)を年明け出版しました。天木氏のブログで予告めいたことを知らされていたとはいえ、どんな本になっているのかと、目を通すことになりました。

本の腰巻では「安倍晋三新政権の覚悟を問う」という言葉がありました。今回の安倍内閣の防衛政策と先行きを、案じ見つめていこうという点では、ふたりの思いはそろっているようです。ふたりとも、1955年結党の自民党の安全保障政策に関する「党の政綱」の中「独立体制の整備」を視野に入れていました。もちろん違う角度視点からですが。そのなかには「外国駐留軍隊の撤退に備える」が明記されていました。当時の自民党さえ言う、自明ともいうべきことだったのでしょう。この本のおかげで、今どうなっているかに思い至ることもできました。

構成は、ふたりの持論を語らせ、対談でぶつけあう形になっていました。それぞれの講演をそれぞれ第1部「今こそ自主・自立した日本を取り戻すときである 天木直人」第2部「日本は国力と軍事力を備えた独立国家たれ! 田母神俊雄」として収録し、さらに第3部「激論 最強の自主防衛とは?」として両者の対談をのせています。加えて序文を天木氏,後書きが田母神氏が担当して充実した補足にもなっています。かたや現在の日本国憲法を守ろうということに対し、かたや改憲と核武装も辞さない考え、お互いがお互いを認め合ってとまではいきません。譲らない平行線ぶりが違いをきわだたせるものになっています。

しかし、違いはなにか、よりどころにする所はなにか、双方の主張を整理して読者に比較の材料として伝えるものとしては、たいへん意味がある本と思いました。お互いに認め合っての論議です。

ふたりとも、これまで憲法についてなど、対極的主張(適当な表現かどうかわかりませんが)をしていて、その意見行動でよく知られている人たちです。そのふたりの共著、面白いことが実現しました。対米従属での「日米同盟」に対する危惧は、ふたりが感じている点でもあります。それが本書が実現した原因のひとつのようです。

そして、お互いの意見に耳を傾ける姿勢をふたりが持っていること、改めて発見しその意味で両者を評価することになりました。相手の論拠とすることをきちんと知ったり理解したりしたうえで、主張をふりかえり相手にに届く言葉をさらに努力すること、これは大切なことだと思うからです。

その意味で、ふたりが協力し合って出したこの本は、まだまだ論議も論争も国民的には尽くされていない、だからひとりひとりが考えてみなくては、言い合わなくては、を問うているのかもしれません。私に対しても、うすっぺらい認識や借り物の意見を鵜呑みにしてわかったようになってはいませんかと。やはり言論は言論で、と気持ちもかみしめています。今の世の良さです。異なる意見の人とはどう見解をたたかわすものか、の一例を見た思いです。当事者ばかりでなく、それぞれの意見に賛成する人も反対する人もまきこんでが必要だと意味でも。

天木氏の主張、本書からもやはり私は説得力のある納得できるものと共感しました。決して中立的読者ではありませんし、読んだ結果でもそうでした。。

「これを読まれた読者にはお分かりのように、そこで述べられている自主防衛政策には大きな隔たりがある。そのいずれが正しいかは読者が判断すればいい。二人に共通するものを読者は見つけることができるはずだ。それはいわゆる親米保守のこの国の指導者たちが繰り返す対米従属の外交・安全保障政策では日本は浮かばれないということだ。」(天木直人 7ページ 序文より)

「日本の最善の自主防衛策は、専守防衛の自衛隊、東アジアにおける平和システムの構築とそれに向けた外交努力、そしてその二つを実現するための思想的基盤としての憲法9条の堅持、この三位一体の政策である」(天木直人 86ページ 第一部より)

その私ですが、読み甲斐のある本と出合えたとの認識をふたりからいただきました。熱っぽさも伝わりました。ありがたいこととおふたりには感謝しています。田母神氏は、「話せばわかる」人がどうかはまだ私にはわかりませんでしたが、「問答無用」の人ではありませんでした。「自立する国家へ!」は、私と彼との距離を近づけたのかもしれません。

2013年2月10日 会員UE

グリーン九条の会発足5周年

松の内も明け新年もいよいよ“日常”がスタートしました。
あらためまして本年も宜しくお願いいたします。
本会は今年10月で発足5周年の一区切り迎えます。これまで講演会開催を中心に様々な団体、個人の皆様と交流を深めてきました。そこで賜りましたご支援、ご鞭撻に心より感謝申し上げます。
本年も平和への思いをこめた講演会開催に向け準備を進めているところです。

さて昨年末の総選挙の結果、平和への逆流勢力が一気に表面に現れた感があります。
がしかしこれは“本人たち”も認めるように大いなる“争点隠し”と “敵失”等の結果であり国民の平和への思いの大変化とはとうてい判断できません。
とは言え、逆流の強まりを些かも軽視するわけにはいきません。
当会は昨年末ホームページに学習資料として日本国憲法、自民党改憲草案、日本維新の会綱領を掲載いたしました。あらたな思いと決意で学習と交流を広げ深めていく所存です。
変わらぬご支援ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

2013年1月10日 事務局

ありがとう ベアテさん


ベアテ・シロタ・ゴードンさんが、2012年暮れ89歳で亡くなったと年明けの新聞各紙が報じていました。1月3日東京新聞コラム「筆洗」欄の紹介追悼記事を紹介します。

「父親が反対したら、好きな人と結婚できない。自分から夫に離婚を申し出ることもできない。貧しい農家では、家族のために少女が身を売っているーーー。世界的なピアニストを父に持ち、5歳から15歳まで戦前の日本で暮していた米国人の女性は、家制度に縛られた日本女性の苦しい立場をよく理解していた▼連合国総司令部(GHQ)民生局に設置された憲法草案制定会議の一員として、日本の新憲法の起草にかかわり、草案の翻訳にも通訳として加わったベアテ・シロタ・ゴードンさんである▼当時22歳。唯一の女性スタッフだったゴードンさんが任されたのは、男女平等や社会福祉に関する条項の起草だった。男女の平等は「日本の文化に合わない」と主張する日本側と激論の末、個人の尊厳と両性の平等を定めた24条として結実したことはよく知られている▼晩年にしばしば来日し、憲法制定にかかわった自らの役割を明らかにしてきたゴードンさんが昨年暮れ、ニューヨークの自宅で亡くなった。89歳だった▼2000年5月に参院憲法調査会に招かれ、意見陳述した際、長く沈黙を守った理由を「憲法を改正したい人たちが私の若さと盾にとって改正を進めることを恐れていた」と語っていた▼だれが起草しようとも、24条はすでに普遍的な理念として、私たちの中でしっかりと息づいている」

ひとこと自分のうろおぼえの知識をつけくわえると、東京の下町でも娘は売られる対象にもされた、と言っておきます。農家だけのことではなかったといいたいからです。「家制度」とあるのも、家長制度、あるいは戸主制度としたほうが、筆洗氏の伝えたいこともより具体的だったのではと思いました。

敗戦の結果、明治憲法から現日本国憲法に変わったことの意味、世界の到達レベルに日本が追いついたことでもありました。国民主権、女性も選挙権などなど。誰が言っていることであろうと良いことは良い、そのひとつの証です。故・城山三郎さんが、日本国憲法を高く評価していたこと、通じるものがあります。

そして日本人は、進んだものを認める知性と柔軟性をもった国民であり民族であることも示しました。昭和天皇も、発議の形をとり新憲法施行の現実を受け入れたのですから。現天皇もまさに新時代に対応しての姿勢を貫いているのではないでしょうか。

ベアテさん、ありがとう。日本国民は私を含めてあなたへの感謝の気持ちを忘れないでしょう。また、彼女のことをとりあげたドキュメンタリー映画も日本で作られ各地で上映されてきました。とりわけ各界の女性の理解と感謝と協力の賜物のようです。それも改めて見る機会が増えればと思います。


2013年1月4日 会員UE

小説「天佑なり」が12月31日最終回でした


2012年12月31日、北海道新聞朝刊連載小説「天佑なり(てんゆうなり)」(幸田真音)が最終回となりました。時の大蔵大臣高橋是清が2・26事件で軍部の手になるクーデターで殺害されたシーンが描かれています。30日は2・26事件当日自宅に軍人が踏み込むところでした。ここ数日、自分の意見を主張している是清の姿を作者は作者なりに描いてきました。ひたむきな彼の姿を終わりに近くなればなるほど、前向きに語っています。

最終回からの抜粋を紹介します。作者の気持ちに共感したからです。妻品の気持ちも胸をうちました。

「私心も我欲もなく、国民を豊かにするため一心に尽くしてきた81歳の生涯。丸腰の無防備な老人を、完全武装した大勢の軍人が殺す正義がどこにある。しかもここまで無残な姿でだ。銃によって絶命したあとも、さらに死体陵辱ともいえる残虐な刀傷。品は、胸の奥底で煮え滾るものに、全身が震えて止まらなかった。

軍部の増長の先にあるものを明確に予見していた「無私の人」高橋是清の声は、暴挙によって完全に絶たれてしまった。そのことで、昭和11(1936)年の予算も、高橋財政も、軍備膨張への最後の歯止めも、なにもかもが崩れ去った。」

「後日取調べの席で、品はただ一人毅然とし告げた。思いのたけをこめ声をあげたのである。

『残酷と申すより、卑怯にございます!』」

私がはじめ想定した成功し実績ある政治家の生涯をかっこうよくということとは違った視点を作者は意図していたようです。私よりもはるかに歴史も経済も深く知ってのことなのでしょう。高橋是清の主義主張についてはじめて具体的に小説で知った私ですから、問題にもなりません。しかし熱い小説に出会うこととなりました。幸田真音さんを、初めて知り、注目することとなりました。2013年はすでに既刊の小説をいくつか味わってみることにします。

読み応えのある小説を毎日目を通すことができることは、喜びの一つです。ただそれにめぐりあうためには、その新聞を購読していることがなければなりません。過去に何回か幸運な出会いを味わいました。またひとつ同じ体験をしたのはありがたいことと言わなくてはなりません。

歴史から学べという言葉があります。生きている我々は今の時点の到達点に立って、歴史をふりかえることなのでしょう。「天佑なり」はそのような小説であり、作者の気持ちも良く示されていました。それで気づいてみると、いろいろな人がいろいろなことについて発言しています。

私は12月29日の日本経済新聞「2013展望 上」で、原発事故の政府検証委員会の委員長を務めた畑村洋太郎氏の発言が目に止まりました。原発政策について国民の視野が狭くなっているとこう語っています。

「日本人は『黙る』『考えない』思い込む』のどれかに陥っている。これらを正反対の姿勢に改めなければ、適切な技術開発はできない」

畑村氏のあげたこと、他のことにもあてはまるのではないでしょうか。「ものを言う」「考える」「思い込まない」、これが大事で、「天佑なり」も通じるものがあると受け止めました。

皆様、よいお年をお迎えください。


2012年12月31日 会員UE

資料掲載について

改憲論議が一層強まる中、各論の比較検討の一助として この度当会ホームページ資料サイトに日本国憲法、自民党改憲草案、日本維新の会綱領を掲載いたしました。
多数の方々にご利用していただければ幸いです。

2012・11・27 グリーン九条の会事務局

高橋是清と「内外国策私見」 -幸田真音「天佑なり」(新聞連載中)から


今北海道新聞朝刊に幸田真音(こうだ・まいん)さんの小説「天佑なり」が連載されています。他紙でも掲載されているようです。戦前の政治経済の世界で活躍した高橋是清(たかはし・これきよ 1854-1936 2・26事件で殺害される)が主人公で生涯の伝記小説ともいえる内容です。

私にとって名前でしか知らない過去の人でした。ですから連載がはじまったときはそれほど関心も持たずにいました。少ししてから友人から高橋是清の子孫は北海道と縁があると聞かされ、読むようになりました。波乱に富んだ生涯をだんだんと知り、今は毎朝欠かさずが日課です。もっとも「天佑なり」、作者がどういう意味で題にしたか私にまだピンときていませんが。

とりわけ10月下旬からさらに身を入れて読むようになりました。作者幸田真音さんが高橋是清の書いた「内外国策私見」について言及したからです。原敬内閣の大蔵大臣だった高橋是清が原首相に示した私的文書ともいうもの、はじめてその名前と内容概要を知らされました。ほんとうに一部の人しか目にしなかった文書、当時から敗戦まで世間にはまったく知られていなかったものではないでしょうか。今その写しというべきものが防衛省の研究所に残されているそうです。参謀本部廃止もそのなかにある内容でした。驚くべき率直な提言です。その後も軍事費の増大や中国への関与増大に批判的だった高橋是清は、2・26事件で殺害されてしまいます。「内外国策私見」を書いたことも、軍事クーデターの槍玉にあげられた理由に含まれていたかもしれません。

「私見」を目にしそれについて書き残した原敬首相は暗殺されました。是清も後年2・26事件で殺されました。大正デモクラシーで護憲の立場(もちろん当時の明治憲法ですが)をとった政治家に対するテロはすざまじいものだったことを改めて知りました。国体変革を考えるなどの者への治安維持法による思想弾圧はひどさは小林多喜二をあげるだけでもよくわかります。しかし国体護持の人にたいしても、まっとうな内容の発言がめざわりであれば押しつぶす時代だったことを、「天佑なり」は改めて教えてくれました。

幸田さん、是清像を浮き彫りにするのに欠かせない素材として、「私見」を取り上げたことは間違いないでしょう。警世の発言、それがどのようなものだったか、「天佑なり」の読者にも広く知らせてくれました。戦前の日本でもさまざまな声はあったのです。戦前社会の姿を少し知ることになりました。私は彼女の小説、ひとつくらいしか読んでいません。それほど印象強い人ではありませんでした。しかし「天佑なり」は気合の入った作品と今は思い、幸田さんの広さ深さを感じるようになりました。

昨年末連載開始にあたっての作者の言は以下のとおりです。

「日米欧の財政問題が深刻になっているが、日本は明治のころから借金に苦しんできた。日露戦争、関東大震災や金融恐慌の時代を生きた高橋是清の生涯を描くことで、「混乱と萎縮」の今、日本人の潜在力を見直す機会になればうれしい」

いつの時代でも、正しい国策にはイエス、間違ったは国策にはノー、と言わなくてはいけないと、幸田さんから私はとりあえず教えられました。作者の意図する全体像はまだわかっていませんが。

余談となりますが、高橋是清のつぶやきは、「天佑なり」を通して、私にも届きました。おそらく多くの人のさまざまなつぶやきがあったことが、その積み重ねがあったことが、戦後の日本国憲法の内容とそれを受け入れた日本国民の意識にも反映しているのだろうと思いました。

2012年11月25日 会員UE

虚栄の繁栄か、真実の清貧か―。


池井戸 潤の新作『七つの会議』(日本経済新聞出版社)は、不正な手段によって業績を伸ばしてきた会社が、それがバレそうになるとリコール隠しに走り、ついには自滅していく物語です。『空飛ぶタイや』に通底する企業悪を衝いた作品です。
なぜ、不正に走るのか。
社長は、右肩上がりの成長と株主利益を守るためにモラルを捨て、実績のために魂を売ってしまい、不正に荷担した社員、社運を賭して隠蔽に走る社員は、組織のために魂を売ってしまったのです。
このような「虚栄の繁栄」の対極にあるのが、「真実の清貧」です。
主人公のお父親は、広島弁で次のように語ります。
「仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。人の助けになることじゃ。人が喜ぶ顔見るのは楽しいもんじゃけ。そうすりゃあ、金は後からついてくる。客を大事にせん商売は滅びる」
顧客を大切にしない行為、顧客を裏切る行為こそ、自らの首を絞めることになるというこの作品の主張は、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(岩波書店)が明らかにした惨事便乗型資本主義に対する批判にもなっています。

2012・11・23 会員M